室内における健康・安全のためのマニュアル

1. シックハウスについて
2. 住宅に関係する化学物質と健康影響との関係
3. 化学物質の室内環境濃度の基準について
4. 各種建築資材とそこから放出が考えられる化学物質の関係
5. 安全な塗装・施工について
6. 塗料、塗装仕様、施工方法の選定
7. 塗装時・塗装終了後の注意
8. ホルムアルデヒド規制について

1.シックハウスについて

1-1.シックハウス問題とは
新築の住宅に入居した人や住宅を改修した後に体調を悪くしたということを訴える人が増えてきています。これは、建材に化学物質が使われていることや住宅の機密性を高くしたために室内の化学物質の濃度が高くなった影響と言われています。

1-2.シックハウスの症状と要因
シックハウスと言われる症状は、体調不良や皮膚障害、自律神経失調など多様であり、必ずしも特定の症状として現れないため総称的に「シックハウス症候群」と呼ばれています。これらの原因となる化学物質は、合板、接着剤、塗料、絨毯、畳、防蟻剤などから放出されると言われていますが、実際にはどのような物質が原因となっているかを明確にする事は難しいのが現状です。

2.住宅に関係する化学物質と健康影響との関係
住宅に関連する化学物質の健康への影響は次のようなものが考えられます。

2-1.急性中毒
化学物質に短期に曝された時に生じる健康影響で、塗装時の溶剤による中毒などのように高い濃度に曝された場合にすぐに起きる影響です。溶剤などによる中毒の場合には、目やのどの痛み、呼吸困難、めまい、頭痛、吐き気などが起き、ひどい場合は失神することがあります。

2-2.感作性(アレルギーを引き起こす性質)
住宅に関係するもののうち「かび」「ダニ」などがアレルゲン(アレルギーの原因となるもの)となりますが、化学物質にもアレルギーなどを引き起こすものがあります。アレルギーは誰にでも起こるものではなく、体質や体調により影響が違って現れます。 アレルギーの症状として、皮膚ではかゆみや湿疹、呼吸器では喘息などとして現れます。化学物質としてホルムアルデヒド、ある種の殺虫剤などが知られています。

2-3.化学物質過敏症
ホルムアルデヒド、トルエン、キシレン等のVOC(揮発性有機化学物質)、殺虫剤、可塑剤などの化学物質に大量に曝されたり、又は少しでも継続して長期間暴露することによって引き起こされると言われています。この場合も誰にでも発症するのではなく、体質などにより影響の出方が異なると言われています。症状として、自律神経異常、皮膚障害、肩こり、頭痛、吐き気など多様な形で現れてくると言われています。

2-4.臭気の影響
臭気も室内環境の対応すべき問題としては重要です。人が感知する化学物質による臭気の感知は、化学物質それぞれにより異なり、それらの化学物質の健康に与える濃度との関係で注意が必要です。例えば、ホルムアルデヒド、トルエン、キシレン等では臭気が無くても影響を与える領域に入り、臭気を感じたときには既に室内濃度指針値以上の範囲に入っているものがあります。又、逆に臭気があっても危険でない場合もあります。中には臭気に過敏なため、特定の臭気があるというだけで嫌悪を感じてそこに住めない人もいます。

3.化学物質の室内環境濃度の基準について

シックハウス対策においてはその要因となる化学物質の室内濃度が問題となります。このために、厚生労働省はホルムアルデヒド、トルエン、キシレン等13物質に対して、人が健康に住めるための目安となる室内濃度指針値を設定しています。

〈室内濃度指針値設定物質〉↓枠で囲む
~ココカラ~
ホルムアルデヒド、トルエン、キシレン、パラジクロルベンゼン、エチルベンゼン、
スチレン、クロルピリホス、フタル酸-n-ブチル、テトラデカン、
フタル酸-2-エチルヘキシル、ダイアジノン、アセトアルデヒド、フェノカルブ
~ココオコマデカラ~

又、これら特定の物質だけではなく揮発性有機化学物質の総量(TVOC)についても目標値を設定しています。
シックハウス問題に関するVOCは、特定の化学物質以外でも健康影響が考えられるため、総合的にTVOCとして管理することが必要と考えられるために提案されたものです。
※TVOC:Total Volatile Organic Compounds(総揮発性有機化学物質)

4.各種建築資材とそこから放出が考えられる化学物質の関係

4-1.各種資材と化学物質
建築資材にはいろいろな化学物質が使用され、住宅工事が完了した後でも微量に室内に放出されるものがあります。通常新築、改築ではいくつかの工事が行われますので、健康影響が現れた場合には、どの様な工事を行ったかの情報を取り、放散される可能性のある化学物質を調べ、どの素材や工事が関係しているかを判断する必要があります。

4-2.塗料の種類と化学物質
塗料は多数の化学物質を使用しており、塗装時及び塗膜になってからの化学物質の放散はそれぞれ異なります。建築用に使用する場合は、その組成物質から放散される物質の人への影響を注意して考え、採用する塗料や塗装方法を注意深く検討し、施工する必要があります。
塗料中に含まれる有機溶剤は、VOCとして特に問題になりますが、実際は溶剤の種類毎に有害性が異なっています。塗料の種類は大別して、溶剤系と水性系に分けられ、それぞれの塗料が含有する有機溶剤量は、下表のようになります。現在では、住宅の内部・外壁用として有機溶剤量が少ないエマルション系塗料が多く使用されています。

〈溶剤系塗料〉↓テーブル
有機溶剤量 塗料の種類
非常に多量 溶剤系シーラー類
多量 ラッカー類、ビニル樹脂系塗料、ウレタン樹脂系塗料
中程度 合成樹脂調合ペイント、アルキド樹脂塗料
非水分散系塗料、低臭非水分散系塗料

〈水性系塗料〉↓テーブル
有機溶剤量 塗料の種類
少量 水溶性系塗料
ごく少量 エマルション系塗料

5.安全な塗装・施工について

5-1.現場塗装と建築資材塗装
建築資材塗装の場合、工場で塗装され充分に塗膜が硬化していれば、建築現場でのVOCの放散は非常に小さいと考えられます。しかし、塗料の種類、素材、塗装仕様、塗装工程、設備条件などにより建築資材からのVOCの放散状況が異なります。工場塗装での焼付乾燥が不充分だったりすると、ホルムアルデヒドが発生したり、塗料中に残存している未反応のモノマーなどが、それらの資材を使用した室内などに放散されることがあります。
現場塗装の場合、VOCの発生が現場で起こる事になり、工場塗装に比べてリスクは大きくなります。塗装時の換気のみならず、塗装後の換気に充分気をつける必要があります。

5-2.新築塗装と改修塗装
新築現場での内装塗装工事は以前に比べ少なくなっています。又、新築工事から入居までに多少時間がとれることから、塗料が原因とされるシックハウス問題は、新築においては少なくなっています。
改修現場での内装塗装工事は新築時に比べると多く、時には人が住んだままで塗装が行われる事もあって、問題が発生しやすいと考えられます。中古の住宅・マンションなどの改修工事は入居までの時間が比較的に短いことが多いため、居住者のVOCへの暴露のリスクが高いと言えます。

5-3.塗料・塗装系の選択
塗料は塗装目的や被塗物の素材、使用される場所などの条件によって塗料の種類、塗装系における塗料の組み合わせ、塗装の方法などが変わります。従来は、品質、コストなどが塗料選択、塗装仕様の採用決定の要点であり、住む人の健康を配慮する事が少なかったように思われます。
シックハウス症候群のように、環境中の比較的低い濃度の化学物質に対してでも健康影響の被害を受ける人がいることを充分認識して塗料選定・施工を行うことが必要になります。

6.塗料、塗装仕様、施工方法の選定

6-1.全般的な注意
1)塗料、塗装仕様などの選定に際しては、品質、コストだけでなく「居住者の健康」を考えることが大切です。
2)居住者又は管理者と塗装仕様等を決める場合には、居住者の状況を事前に充分チェックし、塗装の設計、施工などの決定に際し健康面の配慮に役立てる事が重要です。
3)改修に際し、旧塗膜の剥離、洗浄などを行う必要がある場合には、その工法、使用剥離剤などについて充分安全性を確認する必要があります。
4)新築の場合には、塗装仕様、工期などについて施主と確認し、塗装後入居するまでにどのくらいの期間があるか、又、どのような換気が出来るかなどをチェックし、選定する必要があります。

6-2.塗料、塗装仕様の選定
1)塗装設計時には、使用する塗料の安全性、使用などについて、塗料メーカーが発行するMSDS(化学物質等安全データシート)やカタログなどから、VOCその他有害性物質の含有、有害性情報などを参考に塗料、塗装仕様、施工方法などを選定します。
2)改修には出来る限りエマルション系塗料などの健康影響や臭気影響などが少ない塗料を採用するようにして下さい。
3)塗装時及び塗装後の換気がどのように出来るかを充分考えて、塗料、塗装工程などを決めて下さい。もし、換気が充分出来ない場合には強制換気装置・器具等を持ち込むなどの対応を事前に考えて下さい。
4)外装の場合にも居住者などへの影響が出る場合があります。
溶剤系塗料の使用を考える場合には、建築構造、被塗物基材への溶剤浸透などの問題がないことを確認し、仕様を決めて下さい。又、集合住宅の階段、廊下などの準外部は換気が悪いため配慮が必要です。

7.塗装時・塗装終了後の注意

7-1.室内塗装
1)溶剤蒸気による暴露、臭気対策のために、充分な換気が出来るか確認して下さい。特に窓を開けるなどの自然換気が難しいところでは、換気装置を使用して塗装して下さい。
2)改修など居住者がいる場合に作業を行う場合では、作業を行うに当たって居住者は作業場所に入らない、他の部屋への影響の防止策など、居住者へのVOCなどの暴露を避けるための対策について居住者への理解を求めて下さい。

7-2.外部塗装
1)臭気や溶剤蒸気等の暴露など、近隣者への影響が出ないような養生の確認をして下さい。臭気の強い塗料を使用する場合は特に注意して下さい。
2)溶剤系塗料を使用する際には、出来るだけVOCの放散量を少なくするために、希釈率を守って下さい。
3)室内に臭気や溶剤蒸気等が入らない様、開口部の養生を確認して下さい。

7-3.塗装終了後
1)量は少ないですが塗膜になってからも有機溶剤の放出は続きますので、塗装後にも出来るだけ換気を行うようにして下さい。
2)気温が低い時期などには、塗装後に暖房などを使い室温を上げて塗膜からの有機溶剤の放出を促進することで、その後の居住環境へ放出を少なくする方法も条件により効果が期待できます。

8.ホルムアルデヒド規制について

8-1.ホルムアルデヒドの用途
ホルムアルデヒドは化学工業の原料として用いられ、接着剤、防腐剤、高分子材料材料に用いられています。

8-2.ホルムアルデヒドの人体への影響
刺激性のほか、感作性によるアレルギー疾患を呈し、目、鼻及び喉への刺激、不快感、流涙、くしゃみ、咳、吐き気、呼吸困難で、高度の場合は死に至ることがあります。

8-3.建築基準法等の一部改正する法律について
建築基準法の一部が下記の通り改正され、平成15年7月1日から施行されます。

↓枠で囲む
第28条の2 居室を有する建築物はその居室内に於いて制令で定める化学物質 の発生による衛生上の支障がないよう、建築材料及び換気設備について制令で定める技術的基準に適合するものとしなければならない。

↓枠で囲む
付帯決議 (5)室内環境汚染による健康障害が生ずると認められる化学物質につい ては、全て規制対象とするよう、室内空気中の化学物質の濃度の実態や発生源 発散量等の研究調査を進め、その結果が得られたものから、順次規制対象に加えること。

改正により、ホルムアルデヒドが規制対象物質とされ、換気設備の設置が義務付けられ、及び塗料、接着剤、仕上げ材を含む建築材料の使用を制限されることになります。

〈ホルムアルデヒド規制による塗料の等級区分〉↓テーブル
建材区分(告示案) —– 第3種 第2種 第1種
等級区分記号 F☆☆☆☆ F☆☆☆ F☆☆ —–
居室内での使用可否 無制限 使用面積制限 使用面積制限 使用不可
ホルムアルデヒド放散量
デシケータ法mg/L 0.12以下 0.12~0.35 0.35~1.8 1.8以上
ホルムアルデヒド放散量
チャンバー法μg/㎡h 5以下 5~20 20~120 120以上